はちみつのラベルに「れんげ」「アカシア」と書かれているのを見て、それが花の名前だと知っていても、その花が一年のどのあたりで咲き、ミツバチにとってどんな意味を持つ花なのかまで考えたことがある人は、あまり多くないかもしれません。ミツバチの一年は、人間のカレンダーとは別に、花が咲く順番でできた暦の上を動いています。
この記事の要点
- ミツバチは春のレンゲやサクラから秋のセイタカアワダチソウまで、咲く花を追うように一年を過ごします。
- 秋に咲く外来種のセイタカアワダチソウは、嫌われがちな雑草でありながら越冬前の貴重な蜜源になっています。
- レンゲ畑の減少や里山の変化など、蜜源をめぐる環境の変化は暮らしの風景の変化と地続きです。

蜜源植物とは——ミツバチの一年は「花の暦」で動く
蜜源植物とは、ミツバチが花から蜜を集めることのできる植物のことです。ミツバチの活動は、この蜜源植物がいつ、どこで花を咲かせるかという「花の暦」にそって進んでいきます。
蜜源と花粉源、二つの食料
花はミツバチにとって単なる止まり木ではなく、食料そのものです。花から集めるものには大きく二種類あり、糖分を含む蜜を集める花を蜜源植物、たんぱく質やビタミン類を含む花粉を集める花を花粉源植物と呼びます。一つの花が両方を兼ねることも多く、蜜と花粉の両方が、群れの成長と冬越しを支える基本の食料になっています。
花が途切れる時期が養蜂のいちばんの難所
一年を通じて花が絶えず咲いているわけではありません。地域や気候によって差はありますが、花と花のあいだに咲く花の少ない時期が生まれることがあり、この端境期をどう乗り越えるかが、養蜂という営みの大きな課題だとされています。花の暦を頭に入れておくことは、群れの一年の見通しを立てることと、ほぼ同じ意味を持ちます。
春——レンゲ、サクラ、ナタネ。一年でいちばん花があふれる季節
春は一年のうちでもっとも花が多く、蜜源植物の開花時期が集中する季節です。ミツバチの群れがもっとも勢いよく大きくなる時期とも重なっています。
レンゲはなぜ「はちみつの代名詞」になったのか
レンゲ(正式にはゲンゲ)は、水田の裏作として育てられてきたマメ科の植物です。田に緑肥としてすき込む目的で栽培されてきた歴史があり、一面に咲くレンゲ畑の風景とともに、日本人にとって親しみのある蜜源として広く知られてきました。レンゲの花から採れる蜜は淡い色とやさしい香りで知られ、単一の花から採れる蜜という意味で「単花蜜」と呼ばれる代表格でもあります。単花蜜と、複数の花が入り混じった百花蜜との違いや表示のルールについては、単花蜜と百花蜜の違いと表示のルールで整理しています。
サクラやナタネの蜜が支える群れの立ち上がり
レンゲと前後して、サクラやナタネ(アブラナ)も春を彩る蜜源です。サクラは花期が短く、まとまった量の蜜を集めるのは難しいとされますが、冬を越したばかりの群れにとって、早い時期に花粉と蜜が得られること自体が意味を持ちます。ナタネは黄色い花畑を作る作物として各地で見られ、花期がまとまっていることから、養蜂の現場では重要な春の蜜源のひとつに数えられています。
初夏から夏——アカシア、トチ、クリ。木の花が主役に変わる
アカシアの花を追って巣箱を移動させる転飼の風景
初夏になると、蜜源の主役は草花から木の花へと移っていきます。木は一本あたりの花の量が多く、開花時期がそろうため、単一の花に由来する蜜が採れやすいという特徴があります。
ニセアカシアという、外来でありながら主要蜜源の木
「アカシアはちみつ」として親しまれている蜜の多くは、実はニセアカシア(正式にはハリエンジュ)という木の花に由来します。ハリエンジュは明治期以降に導入された外来種で、成長が早く荒れ地でも育つことから各地に広がりました。外来種でありながら、日本の養蜂において欠かせない主要な蜜源植物のひとつになっている点は、蜜源植物の世界を知るうえで興味深い事実です。クセの少ない澄んだ蜜が採れることでも知られています。
クリの蜜の個性——花で味が決まることの分かりやすい例
初夏から夏にかけては、トチノキやクリも大切な蜜源になります。トチノキの花は独特のこくのある蜜を、クリの花はやや強い香りとしっかりした風味を持つ蜜を生むとされ、いずれも花の個性がそのまま蜜の個性に表れる例としてよく知られています。山地ではシナノキも初夏の蜜源として知られ、地域によっては夏の終わりにソバの花が咲き、独特の香りの強い蜜をもたらすこともあります。花の種類によって蜜の色や香りがはっきりと変わることは、ミツバチが花を選ぶ8の字のダンスとも関わりの深い話です。仲間に花のありかを伝えるしくみについては、8の字ダンスで花のありかを伝えるしくみで紹介しています。
秋——セイタカアワダチソウ。嫌われ者の花が、越冬前の食料になる
越冬前の蜜源となるセイタカアワダチソウの花
秋の蜜源として欠かせないのが、道端や河川敷でよく見かけるセイタカアワダチソウです。花粉症の原因植物と誤解されがちですが、ミツバチにとっては越冬前の最後の大きな食料源になっています。
ブタクサと混同されがちな、虫媒花という性質
セイタカアワダチソウは北アメリカ原産の外来種で、秋に黄色い花を穂状に咲かせます。同じ時期に咲くブタクサと花の色や姿が似ていることから、花粉症を引き起こす植物として混同されることが少なくありません。しかし植物としての性質は大きく異なり、ブタクサは花粉を風で飛ばす風媒花であるのに対し、セイタカアワダチソウは昆虫に花粉を運んでもらう虫媒花です。虫媒花は花粉が重く粘り気を帯びていて風に乗りにくいという性質があり、この違いを整理して知っておくことは、身近な植物を見る目を少し変えてくれます。
秋の蜜は売るためではなく、冬を越すための蓄え
嫌われがちな雑草でありながら、セイタカアワダチソウは初秋から晩秋にかけて花の少ない時期を埋める、貴重な流蜜源になっています。秋に集められた蜜は、多くの場合そのまま出荷されるのではなく、群れが寒い季節を乗り切るための蓄えとして巣に残される考え方が一般的です。冬のあいだミツバチが蜂球というかたまりを作って身を寄せ合い、この蓄えを分け合いながら寒さをしのぐしくみについては、蜂球で身を寄せ合う越冬のしくみで詳しく取り上げています。ニホンミツバチもセイヨウミツバチも、この越冬という一年の締めくくりに向けて、秋の蜜を頼りにしている点は共通しています。
花ごよみが変わってきている——蜜源をめぐる環境の変化
季節ごとの花の顔ぶれは、昔からずっと同じというわけではありません。農業のかたちや里山の使われ方が変わるにつれて、蜜源植物の風景そのものが少しずつ変わってきていると言われています。
レンゲ畑が減った理由は、農業のかたちの変化と地続き
かつて水田の裏作として一面に育てられていたレンゲ畑は、化学肥料の普及や農業の担い手の変化などを背景に、大きく減ったと言われています。レンゲが減ったことは、単に「見かける花が減った」という以上に、田んぼの使われ方や農業のあり方そのものが変わってきたことの表れとも読めます。この経緯についてより詳しい統計や背景は、レンゲの蜜源が大きく減った経緯と統計にまとめています。
手入れされない里山と、花の乏しい緑
里山とは、人の手が入ることで維持されてきた集落近くの森や草地を指す言葉です。かつては薪炭や下草刈りのために定期的に手が入っていた里山も、暮らしの燃料や生活のスタイルが変わったことで、手入れがされにくくなってきたと指摘されています。手入れの行き届かない林は下草が茂りにくく、花の乏しい緑になりやすいとされ、蜜源植物が育つ場所そのものが少しずつ狭まっているという見方もあります。二十四節気のように、季節の移ろいを細やかに感じ取ってきた暮らしの目盛りと重ねてみると、花ごよみの変化は季節感そのものの変化として捉えることもできます。二十四節気については二十四節気という季節の目盛りで紹介しています。
花を知ると、風景の見え方が変わる——これから確かめたいこと
蜜源植物の花ごよみを知ると、道端の雑草や街路樹の花が、それまでとは違って見えてきます。名も知らずに通り過ぎていた花が、ミツバチにとっての食卓の一部だと分かるだけで、見慣れた風景に少し奥行きが生まれます。
身近な「雑草」を蜜源という目で見てみる
セイタカアワダチソウのように、雑草として片づけられがちな植物のなかにも、ミツバチにとって重要な役割を果たしているものがあります。花の名前や性質を知ることは、身の回りの緑を「なんとなく生えているもの」から「季節ごとに役割を持つ植物」として見直すきっかけになります。
六角門がこれから歩きながら記録したいこと
六角門は、京都で蜜蜂を迎える準備を進めている段階です。この記事で紹介した花ごよみも、まだ実際の観察や記録に基づくものではなく、これから確かめていきたいことのひとつです。京都という土地で、季節ごとにどんな花が咲き、それが蜜源植物としてどう位置づけられるのか、準備を進めながら歩いて確かめていきたいと考えています。
よくある質問
Q:セイタカアワダチソウは花粉症の原因になる悪い草だと聞きましたが、本当ですか? セイタカアワダチソウは、昆虫に花粉を運んでもらう虫媒花です。花粉が重く粘り気を帯びていて風に乗りにくいという性質があり、風で花粉を飛ばす風媒花のブタクサとは植物としてのしくみが異なります。同じ時期に似た黄色い花を咲かせることから混同されやすいのですが、この違いは植物の性質として整理しておくとよいと思います。
Q:蜜源植物とは何ですか?花なら何でも蜜が採れるのですか? 蜜源植物とは、ミツバチが蜜を集めることのできる花を咲かせる植物のことです。花にはミツバチが利用しにくい構造のものもあり、すべての花から蜜が採れるわけではありません。また、蜜を集める蜜源と、花粉を集める花粉源は別の分類で、両方を兼ねる花も多くあります。
Q:秋に採れたはちみつは、なぜあまりお店で見かけないのですか? 秋に集められた蜜は、群れが冬を越すための蓄えとして巣に残される考え方が一般的だとされています。出荷や販売のために積極的に採られる春から夏の蜜と比べて、秋の蜜が店頭に並ぶ機会が少ないのは、こうした季節ごとの役割の違いによるところが大きいと考えられます。
六角門は、京都で養蜂を主軸にした健康ブランドとして準備を進めています。まだ蜜蜂を迎える前の段階で、巣箱も採蜜も商品もこれからですが、花ごよみをはじめとした蜜源植物にまつわることがらを、少しずつ調べながら形にしていきたいと考えています。このブログでは、そうした準備の過程で分かったことを、これからも記していく予定です。