和三盆の菓子を口にしたとき、これは砂糖と何が違うのだろうと思ったことはないでしょうか。日本人が今のように砂糖を当たり前に使うようになったのは、実はそれほど昔のことではありません。砂糖以前の日本には、砂糖以前なりの甘さの選び方がありました。

この記事の要点

  • 砂糖伝来の最初の記録は754年、唐僧・鑑真の来日時の舶来品目録に「石蜜、蔗糖、蜂蜜、甘蔗」とある
  • 砂糖以前の甘味には果実・干し柿・蜂蜜・水飴・甘葛煎があり、甘葛煎は奈良女子大学が2023年に再現商品化した
  • 和三盆は在来品種の竹糖を原料に、蜜を抜いて手で研ぐ独特の製法で作られる日本産の砂糖である

台所の棚に蜂蜜・みりん・砂糖・甘酒を思わせる瓶が並ぶ朝の情景、日本の甘味の移り変わりを表す

砂糖以前——日本人は何で「甘さ」をとっていたのか

砂糖が伝わる以前の日本人は、甘さを果実や干し柿、蜂蜜、そして手間をかけて作る水飴から得ていました。甘味の選択肢は今よりずっと少なく、その分ひとつひとつが貴重なものだったと考えられます。

果実と干し柿——いちばん身近な甘さ

もっとも手に入りやすい甘さは、野山や里の果実だったとされます。柿や栗、山桃といった季節の実は、そのまま食べるだけでなく、干すことで甘みが凝縮されました。干し柿はその代表格で、生の柿よりも糖分が濃縮され、保存もきくため、冬場の甘味源として重宝されたと言われています。

水飴と蜂蜜——手間をかけてつくる甘さ

水飴とは、米や粟などのでんぷんを麦芽の酵素で糖化して作る甘味料です。原料を煮て糖化させ、こす工程が必要なため、家庭で気軽に作れるものではありませんでした。蜂蜜もまた、野生の蜂の巣から採るしかなかった時代には、限られた人しか口にできない甘さだったと考えられます。いずれも「そこにあるものを採る」のではなく、「手をかけて作る、あるいは探し当てる」甘さだった点が共通しています。

甘葛煎——枕草子のかき氷にかけられた、幻の甘味料

削り氷に琥珀色の蜜をかけた一椀を、木の盆にのせて朝の光の中で描いた情景 削り氷にかけられた甘味は、砂糖以前の贅沢のかたち

甘葛煎とは、冬季のナツヅタの樹液を煮詰めて作る甘味料のことです。砂糖が貴重だった時代の日本において、貴族社会で用いられた代表的な甘味のひとつでした。

「けずり氷にあまづら入れて」——清少納言が食べたもの

奈良女子大学によると、奈良時代には各地の甘葛煎が都へ運ばれた記録が正倉院文書に残っており、平安時代の随筆『枕草子』には「けずり氷にあまづら入れて」という一節が登場します。削った氷に甘葛煎をかけたもので、当時の貴族にとってはこの上ない贅沢な一椀だったはずです。砂糖がまだ一般に流通していない時代、甘さそのものが特別な体験だったことがうかがえます。

2011年から始まった再現プロジェクト——千年ぶりによみがえった味

甘葛煎は砂糖の普及とともに姿を消し、長らく製法も味も分からない「幻の甘味料」となっていました。奈良女子大学は2011年からナツヅタの樹液を用いた再現実験に取り組み、2023年にはシロップとして商品化するに至っています。千年の時を経て、当時の甘さに近いものを実際に確かめられるようになったことは、砂糖以前の食文化を知るうえで貴重な手がかりだと言えます。

砂糖の伝来——754年、鑑真の船の積み荷から

日本に砂糖が伝わった最初の記録は、754年に唐僧・鑑真が来日した際の舶来品目録に遡ります。当時の砂糖は嗜好品ではなく、薬として扱われていました。

目録に並んだ「石蜜、蔗糖、蜂蜜、甘蔗」

農畜産業振興機構によると、鑑真来日時の舶来品目録には「石蜜、蔗糖、蜂蜜、甘蔗」と記されており、これが砂糖伝来を示す最初の記録とされています。蔗糖とは、サトウキビなどから作られる糖分の主成分です。目録に蜂蜜や甘蔗(サトウキビ)と並んで蔗糖が挙げられていることから、当時すでにいくつかの甘味が渡来品として位置づけられていたことが分かります。

光明皇后が東大寺に納めた「薬」だった砂糖

同機構の資料では、756年に光明皇后が東大寺に献納した約60種の薬の中に蔗糖が含まれていたことが記録されています。当時の砂糖は貴重な輸入品であり、甘味料としてよりも薬として扱われていたという点は、現代の感覚とは大きく異なります。ここで押さえておきたいのは、これはあくまで奈良時代当時の位置づけであり、現代の砂糖に何らかの治療効果があることを示すものではないということです。

南蛮菓子から江戸の国産化へ——砂糖が「つくるもの」になるまで

奈良時代に薬として伝わった砂糖は、その後の南蛮貿易と江戸時代の国産化政策を経て、少しずつ日本人の食卓に近づいていきました。

カステラと金平糖——ポルトガル船が運んだ甘さ

戦国時代から江戸初期にかけて、ポルトガル船の来航とともに南蛮菓子と呼ばれる菓子が日本に伝わりました。カステラや金平糖はその代表で、いずれも大量の砂糖を使う菓子です。この時期の砂糖はなお輸入頼みの贅沢品で、南蛮菓子は限られた層だけが口にできるものでした。

吉宗の号令——年間1375トンの輸入を国産へ

農畜産業振興機構の資料によると、享保年間(1716〜1736年)に将軍・徳川吉宗が砂糖の国産化を奨励しています。1759年の記録では砂糖の年間輸入量は約1375トンにのぼっており、これほどの量を輸入に頼っていたことへの危機感が、国産化奨励の背景にあったと考えられます。同機構によれば、18世紀後半には砂糖が庶民の食にも浸透しはじめたとされ、輸入の贅沢品から国内で作るものへと軸足が移っていく過程がうかがえます。

和三盆——讃岐と阿波で生まれた、日本の砂糖のかたち

木型で押し固められた淡い色の干菓子が、小さな木皿に並ぶ静かな情景 手で研ぎ、木型で仕上げる——和三盆の菓子のかたち

和三盆とは、四国の讃岐・阿波地方で発達した、在来品種のサトウキビと独自の製法から生まれた日本産の砂糖です。吉宗による国産化奨励の流れの延長線上に位置づけられます。

竹糖という細いサトウキビ

和三盆の原料となるのは竹糖と呼ばれる在来品種のサトウキビです。一般的なサトウキビより細く、寒冷な気候でも育つ品種として、温暖な沖縄や奄美とは異なる四国の風土で栽培されてきました。

蜜を抜き、手で研ぐ——「三盆」の名の由来とされる製法

和三盆の製法の特徴は、しぼった糖蜜から不純物を取り除いたのち、木製の「盆」の上で人の手によって何度も押し研ぐ工程にあります。この「研ぎ」を繰り返すことで、蜜分が抜けたきめ細かい砂糖に仕上がります。「三盆」という名は、この盆を用いた作業を三度繰り返すことに由来するとされています。機械による大量精製の砂糖とは異なる、手作業の工程を経て作られる点が和三盆の特色です。

明治から現代——砂糖が日常になり、そして減っていくまで

明治以降、砂糖は誰もが手にできる日常品へと変わっていきました。そして現在、その消費の姿はふたたび構造的な変化を迎えています。

誰もが使えるようになった甘さ

明治以降の製糖業の近代化や輸入の拡大により、砂糖はかつての薬や贅沢品という位置づけを離れ、家庭の台所に常備される調味料になっていきました。かき氷のシロップに甘葛煎ではなく砂糖が使われるようになったのも、この流れの中でのことです。

農林水産省の需給見通しに見る、いまの甘味の姿

農林水産省が公表した令和7砂糖年度の需給見通しでは、分蜜糖の消費が175万トン(前年比マイナス0.1%)、含蜜糖が3万7千トン(同マイナス2.6%)と、いずれも微減が見込まれています。一方で、異性化糖は78万トン(同プラス2.1%)と増加が見込まれており、砂糖そのものの消費は緩やかに減る一方、別の甘味料へと一部が置き換わっているという構造変化が読み取れます。甘味の主役が固定されたものではなく、時代とともに移り変わり続けていることがうかがえます。

甘味の歴史から、いまの暮らしを考える

甘葛煎から和三盆、そして異性化糖まで、日本人の甘味の歴史をたどると、それは「たまにしか手に入らない貴重品」から「日常的に選べるもの」への移り変わりの歴史だったと言えます。

「たまの甘さ」だった時代から「選ぶ甘さ」の時代へ

奈良時代の甘葛煎や薬としての砂糖は、日常的に口にできるものではありませんでした。江戸時代の国産化を経て、明治以降に砂糖が日常品になったことで、甘さは「たまに出会うもの」から「いつでも選べるもの」に変わったと言えます。今では砂糖のほかにも、はちみつや水飴、異性化糖など、さまざまな甘味料の中から選ぶことができます。砂糖・はちみつ・みりん・甘酒の違いを「精製」と「発酵」で読み解いた記事では、こうした甘味料同士の性質の違いをまとめています。

六角門がこれから確かめたいこと

甘味の歴史を振り返ると、量をどれだけ使うかということ以上に、どんな甘味を、どんな場面で選ぶかという視点の方が、暮らしを整えることに近いのではないかと感じます。はちみつも、蜂蜜が腐らない理由や、蜜源による風味の違いなど、知れば選び方が変わってくる食品のひとつです。季節ごとの暮らし方については土用の食習慣についてまとめた記事もあわせてご覧ください。

よくある質問

Q:砂糖がなかった時代、日本人は何で甘味をとっていたのですか? 果実や干し柿、蜂蜜、水飴、そして甘葛煎といった甘味が、砂糖以前の甘味の選択肢だったとされています。果実や干し柿は身近な自然の甘さ、蜂蜜は野生の蜂の巣から採るもの、水飴は米などのでんぷんを糖化させて作るもの、甘葛煎は冬のナツヅタの樹液を煮詰めて作るものと、それぞれ入手の手間も難しさも異なっていました。

Q:甘葛(あまづら)はどんな味だったのですか?今も食べられますか? 甘葛煎はナツヅタの樹液を煮詰めて作る甘味料で、平安時代の『枕草子』にもかき氷にかけて食べる様子が描かれています。長らく製法が失われた「幻の甘味料」でしたが、奈良女子大学が2011年から再現実験に取り組み、2023年にシロップとして商品化しています。当時に近い味を確かめられる貴重な機会だと言えます。

Q:和三盆は普通の砂糖と何が違うのですか? 和三盆は、竹糖と呼ばれる在来品種のサトウキビを原料とし、しぼった糖蜜から不純物を取り除いたのち、木製の盆の上で手作業で何度も研ぐという独自の製法で作られます。この「研ぎ」の工程によって蜜分が抜け、きめ細かい仕上がりになる点が、一般的な精製砂糖との製法上の違いです。

なお、はちみつを含む甘味食品全般について、1歳未満の乳児には与えないでください。乳児ボツリヌス症のおそれがあることは、消費者庁・厚生労働省が周知している注意事項です。

六角門は現在、京都で養蜂を軸にした健康ブランドの立ち上げに向けて準備を進めています。まだ蜂を迎える前の段階で、巣箱もはちみつもありませんが、こうして甘味の歴史や食文化を調べていくなかで、はちみつという甘さが日本人の暮らしの中でどんな位置を占めてきたのかを、これからも確かめていきたいと考えています。