この記事の要点
- 女王蜂と働き蜂は同じ受精卵から生まれ、違うのは孵化後に何を食べ、どこで育つかだけです
- 王台には分蜂・変成・交代という3つの場面があり、群れの事情によって作られ方が変わります
- ローヤルゼリー中のロイヤラクチンというタンパク質が女王への分化を誘導すると2011年にNature誌で報告されました
- 働き蜂の発育が約21日なのに対し、女王蜂は約16日で羽化すると報告されています

女王蜂と働き蜂は、同じ卵から生まれる
女王蜂と働き蜂は、別の種類の卵から生まれるわけではありません。どちらも同じ受精卵から始まり、育てられ方の違いだけで運命が分かれます。ミツバチは真社会性昆虫と呼ばれ、女王・働き蜂・雄蜂という役割分担のもとで群れ全体が一つの生き物のように機能しますが、その役割は生まれつき決まっているのではなく、幼虫期の環境によって後から作られます。
生まれつきの女王はいない——受精卵はどちらにもなれる
セイヨウミツバチの受精卵は、遺伝的にはどちらの雌にもなり得る状態で孵化します。孵化した幼虫が女王になるか働き蜂になるかは、遺伝子の違いではなく、その後の飼育環境によって決まります。
分かれ道は孵化後の数日——何を食べて、どこで育つか
分かれ道になるのは、孵化からごく短い期間にどんな巣房で育ち、何を食べるかです。働き蜂の幼虫は途中から花粉や花蜜を混ぜた餌に切り替わりますが、女王になる幼虫は特別な部屋でローヤルゼリーだけを与えられ続けます。この部屋こそが、次の章で見る王台です。
王台という特別な部屋——3つの種類が語る、群れの事情
王台とは、女王蜂を育てるためだけに作られる特別な巣房のことで、通常の六角形の巣房とは違い、ピーナッツのような形をして下向きに垂れ下がっています。王台は常にあるわけではなく、群れの事情によって3つの場面で作られます。
巣を分けるための王台——分蜂に備えて
一つ目は、群れが増えすぎて巣を二つに分ける準備として作られる王台です。この場合は複数の王台が同時に用意され、新しい女王が育つのを待って旧女王が群れを離れる旧女王が群れの半分を連れて巣を出ていく「分蜂」という現象につながります。
女王が突然いなくなったときの王台——働き蜂の巣房から作り直す
二つ目は、事故などで女王が突然いなくなったときに作られる変成王台です。変成王台とは、本来は働き蜂用だった通常の巣房を働き蜂が壁ごと作り替え、すでに孵化していた若い幼虫にローヤルゼリーを与え始めることで生まれる王台を指します。緊急時の代替手段として位置づけられています。
女王が老いたときの王台——静かな代替わり
三つ目は、女王の産卵力が衰えてきたときに作られる交代王台です。分蜂のような群れの分裂を伴わず、古い女王と新しい女王が一時的に同じ巣に存在したのち、静かに世代が入れ替わるとされています。
ローヤルゼリーだけを食べて育つ——白いクリームの正体
女王になる幼虫だけが、生涯を通じて与えられる白いローヤルゼリー
ローヤルゼリーとは、花粉や花蜜をもとに若い働き蜂が体内で合成する乳白色クリーム状の物質で、女王蜂の生涯にわたる唯一の食物です。この一点の違いが、同じ受精卵を女王という別の生き物のように変えていきます。
若い働き蜂の体から作られる、生涯ただひとつの食物
日本養蜂協会によると、ローヤルゼリーは若い働き蜂の下咽頭腺と大顎腺から分泌される物質です。女王蜂は羽化後もこの物質だけを食べ続け、毎日約1500〜2000個の卵を産み続けるとされています。
ロイヤラクチンの発見と、いまも続く研究——脳内物質まで違ってくる
富山県立大学の研究者らは、ローヤルゼリー中に含まれる分子量57kDaのタンパク質ロイヤラクチンが女王蜂への分化を誘導することを突き止め、2011年にNature誌で報告しました。この報告では、ロイヤラクチンが体サイズの増加、卵巣の発達、発育期間の短縮を引き起こすとされています。もっとも、この物質だけで分化のすべてが説明できるのかについては、その後も研究者の間で議論が続いています。
餌の違いは、体だけでなく脳内の物質にも及ぶようです。玉川大学ミツバチ科学研究センターの研究チームは2018年、PLoS ONE誌で、同じ雌卵から生まれても幼虫期の餌の違いによって2つのタイプに分化すること、そして女王蜂の脳内ドーパミン量が働き蜂の3〜4倍多いことを世界で初めて示したと発表しました。ここで語られているのはあくまでミツバチの体内で起きている現象であり、人が食品としてローヤルゼリーを口にした場合の効果を示すものではありません。
16日で羽化する女王——王台という部屋そのものの力
女王蜂は、働き蜂よりも5日ほど早く羽化します。餌の違いだけでなく、育つ部屋である王台の構造そのものが発育を左右しているらしいことが、近年の研究で見えてきました。
働き蜂より5日早く羽化する理由
WIRED.jpが紹介した中国農業科学院蜜蜂研究所の研究によると、働き蜂の発育が卵から羽化まで約21日かかるのに対し、女王蜂は約16日で羽化するとされています。ローヤルゼリーによる栄養面の違いに加え、発育そのものを早めるしくみがあると考えられてきました。
餌だけではなかった——王台の蜜蝋が育ちを左右するという報告
同じくNature誌に掲載されたこの研究では、王台を形づくる蜜蝋そのものにも注目しています。王台の蜜蝋は通常の巣房の蜜蝋より密度が低く柔軟性に優れ、温度と湿度を保ちやすい性質を持つと報告されました。通常の蜜蝋で作った部屋で幼虫を育てた実験では死亡率が高くなり、育った女王蜂のサイズも小さくなったとされています。ローヤルゼリーだけでなく、王台という部屋そのものが女王を育てる装置になっている可能性を示す報告です。
羽化してから、群れの母になるまで
群れに一匹、次の母となる女王が羽化する
羽化した女王蜂がすぐに卵を産み始めるわけではありません。巣に残る一匹が決まり、外の世界へ飛び立ち、産卵を始めるまでには、いくつかの段階があります。
最初に羽化した女王が巣に残る
複数の王台がある場合でも、最終的に一つの巣に残る女王は原則として1匹とされています。先に羽化した処女王が、まだ羽化していない他の王台を排除するとされ、これによって一つの群れに一匹の女王という体制が保たれます。
交尾飛行、そして1日1000個の産卵へ
羽化した処女王は交尾飛行と呼ばれる飛行に出て雄蜂と交尾し、巣に戻ってから産卵を始めます。日本養蜂協会によると、女王蜂は体重250mg前後でありながら、毎日自分の体重に匹敵する1000卵前後を産み、寿命は2〜3年程度とされています。対して働き蜂は体重約100mg、寿命は約1ヶ月ほどです。働き蜂の約1か月の一生と日齢分業を追うと、この対照はさらにはっきり見えてきます。
旧女王は半数の働き蜂と旅立つ——分蜂という世代交代
新しい女王が巣で育っている間、旧女王は半数前後の働き蜂を伴って巣を離れ、新しい住みかを探します。分蜂と呼ばれるこの行動は、群れにとっての世代交代であり、旅立つ働き蜂たちは道中、8の字ダンスで花のありかを伝える仕組みを使いながら新しい巣の候補地や蜜源を探すとも言われています。冬を越す群れであれば蜂球で身を寄せ合って冬を越す仕組み、巣そのものの構造であれば六角形の巣房とハニカム構造も、あわせて知っておくと群れという単位の見え方が変わってきます。
よくある質問
Q:女王蜂が突然いなくなったら、群れはどうなりますか? 働き蜂が本来の巣房を作り替える変成王台によって、新しい女王を育て直すとされています。ただし、育てる元になる幼虫の日齢や群れの状況によって結果は変わるため、必ず新女王が誕生するとは限らないとも言われています。
Q:女王蜂と働き蜂では、寿命はどれくらい違いますか? 日本養蜂協会の記載によると、女王蜂の寿命は2〜3年程度、働き蜂は約1ヶ月とされています。働き蜂は短い一生の中で役割を日ごとに変えていくとされ、詳しくは働き蜂の約1か月の一生と日齢分業で扱っています。
Q:王台が複数あるとき、女王は何匹も生まれるのですか? 一つの巣に残る女王は原則として1匹とされています。複数の王台があっても、先に羽化した処女王が他の王台を排除するとされ、最終的に群れの母となるのは1匹というのが一般的な仕組みです。
六角門では、京都で養蜂を主軸にした健康ブランドの立ち上げに向けて準備を進めています。まだ蜂を迎える前の段階ですが、女王蜂が生まれる仕組みのように、ミツバチという生きものが積み重ねてきた営みを一つひとつ調べながら、これから確かめていきたいと考えています。